2012年5月1日

慣性、惰性

作業が終わるのが夜になると、変に気分が高揚して眠れなくなるので、なにか行うのは朝にするべきだ。

と考えるのも何度目かわからない。二日酔いの反省みた様なもので、到底当てになることではない。

今日は薄暮まで無能感に苛まれていたが、明日までに済ませねばならぬことがあったので、渋々取りかかる。もっとも、作業自体が苦痛ばかりでもないのは贅沢と言うべきだろう。そういうこともあって、集中力を欠きながらもしばらく続けているうちに段々と調子が出て来た。

考えてみれば、なにもしていない時に無能感を覚えるのは当然と言えば当然にも思える。そして一度無能感に囚われると、なにかをしようという気が起こりにくい。ということは、やはり定期的にでも恒常的にでも作業めいたことを続けて、あまりなにもしていない期間が続かない様にすることが肝要なのだろう。

つまりは精神の自転車操業か。そう考えると辛く可笑しい。

2012年4月27日

雨夜の焼鳥屋

どうしてもこれが食べたい、という考えに囚われることはそう多くない。それでも稀にはあることで、先週あたりから焼き鳥に気が惹かれてならなかった。何らかの呪いであるかと思う。

独りで行っても構わなかったのだが、Twitter で思い掛けず Lielackbutter 氏が連絡をくれた。それならそれに越したことはない。昨晩七時に吉祥寺駅にて待ち合わせ、公園前のいせやを訪った。

大学の頃に先輩と一度来たことがあるくらいで、当時も随分煤暈けた店だと思った記憶がある。

同じ吉祥寺のガード近くには総本店と称する店舗があり、こちらは何年か前に真新しく改装された。それで公園前の方はというと、以前に入った時と何ら変わっていない。屋台が劫を経た様な店構えで、一階中央の席に通されてスツールに腰を下ろすと、僅かながら表から風が吹き込んで来るのを感じた。

この日は夕刻から盛んに降りはじめ、このところ多い春に似ぬ驟雨であろうと多寡を括っていたら、慮外に長い雨となったので、待ち合わせの前に急遽駅ビル内で傘を購う仕儀に陥った。それでも店に席を占めるころには雨脚も幾分弱まっていただろうか。

雨天の影響があったか知れないが、店内を見回すと客の入りはそこそこで、しかしその割には妙に活気があり、程よい賑やかさであった。こはだ酢をつまみにビールを飲み、注文した焼き鳥を待つ間、Lielackbutter 氏から映画『バトルシップ』のあらましを聞く。

色々と面白い話だったが、就中印象深かったのは、曰く主人公に訪れる最初の見せ場が「ブロンド美人のわがままに応えてチキンブリトーを万引きするシーン」であるという件だった。

フィクション鑑賞と倫理観との関係に思いを巡らせるが、考えが纏まる気配は薄い。

『タイタンの逆襲』の梗概なども聞いている内に店じまいとなり、再び表へ出ると霧雨模様であった。バスは混み合っている様子なので、電車を使うことにする。中央線ホームにて別れ、武蔵境から歩いて帰宅した。

2012年4月25日

卯月末

もう夏なのだろうか。陽射しの強い日は無闇に暑いし、時折夕立が通ったあと、夜になると盛んに虫が鳴いていたりする。

年々、春という季節が短くなって行く様な気がするのだが、実際にそうなのか、それともそう感じるだけなのか分からない。

2012年4月23日

懈怠の日

七時に起床、朝食の後は本を読んで廃品回収を待ち、午後二時に用を終えて再び本を読んでいるのだが、ふと気が付くと妙に体が重く、胸が塞がる様で溜息ばかり出る。

常に比べて殊更憂鬱になる理由も無いし、体調を崩したという気もしないのだが、とにかく気分が晴れないのは天気の所為でもあろうか。

寒いのでチャイを淹れようと思い、紅茶と丁字、八角、肉桂を煮出す。カルダモンとフェンネルは引越しの時にどこかへやってしまったらしく、今回は省いた。だが砂糖を加えたところで、牛乳が無いことに気付く。

渋過ぎるチャイにお湯を足してどうにか飲んでいる。不味い。

2012年4月20日

書棚

蔵書整理が続いている。

ただ本棚に詰めるだけでなく、多少とも分類しないと、なにがどこへ行ったやら分からなくなる。とはいえ分類も中々大変で、同じところへ並べたいものでも、判型の大小が入り交じっていると棚の高さとの兼ね合いが難しいし、「このジャンルはあの山の中にもなかったか」、「この著者はどの棚に入れたのだったか」などとやっていると、段々神経衰弱の様相を呈して来る。

いまいち前後の文脈から分りづらいが、トランプの方の神経衰弱である。あのゲームに「神経衰弱」という名前を付けた者の神経にも興味がある。

大分片付いては来たものの、終盤になるとどこに入れるか判断を先送りにしたものばかりが残る形になる。それをどうするかと言えば、分類を決めはしたものの隙間が出来ている棚に詰め込んで行く訳で、最終的な様相はあまり整然としたものと言えない。

さておき主立ったところの整理は凡そついて来たのだが、案の定と言おうか、重複して買ってしまっていた本が何組か出て来た。未読のものを積み上げ過ぎているとこういう弊害もある。情けない話だ。

『アルジャーノンに花束を』の原書も二冊あった。これは、随分前にうっかり二冊目を買ってしまったのを知人に押し付けた、という記憶があるのだが、すると一冊目と三冊目が手元にあるということなのだろうか。これからねずみ算式に増えるのかも知れない。そうなる前に処分したい。

古書店で売却しても大した金額になるまいし、といってゴミに出すのも忍びないから、人に譲ることが出来ればそれが望ましい。しかし問題は貰い手があるかということで、その点甚だ望み薄である。

ブックオフあたりに二束三文で売ることになるのだろう。

2012年4月11日

語彙

英語などの文章を読んでいて、文中の表現について「意味はよく分かるし、丁度うまく対応する日本語の表現がある様な気がするのだが、具体的には出て来ない」ということがしばしばある。

つまるところが、アクティヴに使える日本語の語彙が貧困であるということで、英文など読んでいる暇に日本語の文章を読んだ方が良いのではないか。

その様な危機感を覚えながらミステリを読んでいると、緊張もひとしおである。

2012年4月8日

売り子

知人が同人即売会に出るので荷物番に駆り出された。「京急蒲田に九時半」という連絡を昨夜十一時に受けてすかさず就寝し、七時に起きて出掛けたが、電車の中でよくよく考えてみれば「京急蒲田に九時半」という以外の情報はほぼ持っていないに等しかった。

Twitter を介して人から「多分このイベントで、会場はここでしょう」と言われ、駅のそちら側へ出たところで知人より連絡があり合流。入場して荷物を整えた後、カタログを見て進行を確認する。十一時に一般開場、十五時に終了。朝食を軽く済ませたことを悔いたが、いづれにせよゆっくり食べている時間もなかっただろう。

過去の即売会に出した本については目を通してあるが、今回の新刊は内容を知らない。つまり何を売るのかも知らずに来ている訳で、まあ知人が他の出展者のところを廻っている間、ブースを空にしたくないという、要は留守番の役目で座っていたに過ぎない。

十五時に会場を出て、錦糸町へ向かう。別の知人が駅前の公園で花見をしているということなので、合流しようという意図であった。行ってみると無闇に風が強く、小一時間もすると撤収の流れとなった。それを潮にして家に帰ることとする。

午頃から即売会の終わりまで、空腹で頭が働かない程だったが、どうしたわけか帰宅するころには食欲が乏しく、ろくに夕餉も取らぬまま現在に至る。

2012年4月6日

桜に狐

長らく等閑にしていた散髪を済ませる。帽子をかぶらなくても前が見える様になったのは感動的だ。ほとんど医術と言って良い。

図書館で調べ物をするつもりで出掛けたのだが、金曜は休館であった。予め調べれば良かったので、不注意と言う外ないが、長らく訪わなかったのでこれも致し方のないことである。

吉祥寺まで足を伸ばし、古書肆を覗くも、現今の部屋の惨状に鑑みて、これ以上本を増やすことは自重する。また特に欲しいと思うものも無かった。

家まで歩いて帰る途上、ふと高校の同級生の言葉が脳裏に甦って来たが、それが正確にいつ頃のことか、どうしてその発言に至ったか、前後はまるで思い出せない。

築き上げた筈の記憶の城は風雨に打たれて朽ち果て、その時その時に打ち込まれた楔だけが、新古入り交じって足下に転がっている。

そういうものだ。

2012年4月5日

こまめに更新したい

古い諺にも「継続はカなりキてる」と言う。このブログもこまめに更新することが望ましいとは思っているのだが、ぼんやりしていたら正子を過ごしてしまい、日付上では二日連続の投稿に至らなかった。

毎日の更新にはこだわらない、という方針を掲げてみて気が付いたのは、頻度を自由に設定していると、少し間が開いたときに「まあ更新はいつでも良いのだし、すこし遅れても今さら同じだな」と考えて、容易に半年単位で放置してしまう、ということである。

では毎日の更新を目標にしているとどうかと言えば、つい間が開いてしまった時、「ああ、目標をしくじってしまった。もう取り返しの付かないことだし、毎日でないという点では今さら更新しても同じだな」と考えて、容易に半年単位で放置してしまうことになる。

プレッシャーが無いと何もしないし、プレッシャーがあるとそれに負けて何もしない。どうしたものか分からないが、いづれにしてもどうせ守らない方針であるならば、目標だけは毎日更新ということにしておいた方が、差し引きで残るものが多い様な気がする。

というわけで、今後の方針としては「毎日更新するかもしれないし、しないかもしれない」あたりの中道路線を採用したいと思う。

2012年4月3日

他人の不幸で虎がうまい

本当は理由など判らないことに、一見納得しやすい説明をつける、言わば偽りの合理化とでも呼べよう行為があるが、しかしそれはそれで心の衛生には良い場合もある様に思うので、処世術としては一概に否定できまい。

とはいえ、「こういう人の本当の気持ちは」だのと根拠もない俗流の似非心理学を振り回す手合いには、どうしても無闇に腹が立つ。それで救われる人もあるのかも知れないし、また特段の実際的な害があるわけでもないだろうから、「またか」と思って適当に聞き流して置けば良い様なものであるけれども、なんだか癪に触って仕方が無いのである。

この矛盾した気持がどこから来るのかというと、やはりそうした似非心理学の言説に対して、なんらかのトラウマを幼少期に受けているのではないかと思う。

さておき久しぶりの投稿で、もう前の記事から四世紀くらいは経っている気でいたが、日付を見てみると五ヶ月そこそこであった。それにしても放置し過ぎには違いなく、そもそも自分のブログのアドレスが思い出せずに、Twitter のプロフィールから辿って漸く発見するという体たらくである。

書式としても段落はじめの行頭を下げていたかどうか、確かめてみるまで分からなかった。確かめてみた後でも、どうして下げないことにしたのだったか思い出せない。もとより大した意味のあるはずはなく、その方が見た目に良いと思ったからだろうが、改めて眺めたところで当時そう判断した感覚は格別甦ってこない。

だから何だと言うことでもない……というのがいつものことだというのは覚えている。一々オチを付けたり話をまとめたりしようなどと考えているとまた書けなくなるのである。別に誰に求められて書いているわけでもないのだが。